暖簾(のれん)

2018年07月29日

こんにちは。

佐倉市ユーカリが丘にありますルナ整骨院です。

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のほか、鍼の施術をおこなっています。

ベテランの施術者による施術ですので初めての方も

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今日は暖簾(のれん)のお話です。

暖簾と言ったら、「お店の顔」と言うべき的存在のもの。

その暖簾の色はさまざまな意味が込められていることをご存知ですか?

そもそも暖簾は、庶民が日よけや風よけを目的に家にかけており、

無地の暖簾がほとんどでした。

室町時代ごろになり、商業者が自分の屋号や業種を宣伝するものとして

暖簾を使うようになり、「家紋」のようなマークが主流になりました。

江戸時代ごろには、庶民の学歴レベル向上から文字を入れた暖簾が多くなり、

商業者の主たる宣伝媒体になったようですう。

このころから、職業によって色にも特徴が出てきました。

藍色の暖簾

藍色は、呉服屋、酒屋、そば屋などに使われることが多いそうです。

植物の藍を使った「藍染」で、殺虫剤に使われているピレスロイドという成分

が含まれており、古くから虫除け効果があると言われています。

そのため、虫が寄りつかないという意味合いを持つことから呉服屋、そば屋

などで使われるようになったようです。

茶色の暖簾

茶色は、たばこ屋とお茶屋で使われていたそうです。

タバコが普及した江戸時代は、「刻みタバコ」で、葉の色が茶色だったことから

のようです。

お茶は、「緑茶」や「抹茶」など、緑色のイメージが強いですが、

江戸の庶民は茶色い「番茶」を飲んでいたので茶色の暖簾が使われて

いたようです。

白の暖簾

白の暖簾はお菓子や薬やで使用されていたようです。

お菓子で良く使う「砂糖」の白色からのイメージのようです。

薬屋も江戸時代は砂糖を薬として使っていたそうです。

紫の暖簾

「紫色」は、高貴な方のみが身につけることが許されたリッチな色でした。

ところが江戸時代に入り、金融機関からお金を借りた者が、返金し終わるまで

紫の暖簾を掛けなければいけないという暗黙のルールがあったようです。

 

お店の看板となっていたんですね。。。

文字の色も、赤は商売の赤字を指すことから避けられていたため、

黒い字を使うことが良いとされていたようです。

現代ではこのような色の関連性はなくなっているようですが、

暖簾を作る機会があった時は、昔の職業色も参考に考えてみるのも

伝統が効いていていいかもしれませんね。

 

 

 

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